批評を書いてもらった

昔、彫刻家の小糸淳司氏が、私の少年少女の立体像について批評を書いてくれました。
最近また彼がSNSにこの批評を載せてくれ、とても嬉しかったので、ここに転載します。

 ※小糸淳司所蔵作品

カイトサイコの「少年」「少女」像
足を引き摺るように空間の中に立つジャコメッティの彫刻像に向き合うと、自己防衛本能が働き、身体を斜めに構えてしまう。斜めなら正面の場合と違い剥き出しの”孤独感”や”虚無感”の直撃を100%受けることがないからだ。
先日カイトサイコの「少年」「少女」像を初めて見る機会があった。
「少年」「少女」達の”優しさ”に魅了され、思わず正面から向き合ってしまった。作者自身がワインのケースにぴったり入ると説明する、本能的に両手で抱えて愛でたくなるサイズに感情移入を始めてしまったのだ。
「しかし待て、どうもただの”優しさ””癒し”だけではないぞ」と気付いた頃には時既に遅し。
「少年」「少女」像達の世界では、どうやら”優しさ”が”寂しさ”と不可分の対を成しているようなのだ。ジャコメッティを観賞する場合と違い、粘膜の免疫系を突破され、気が付いた時には”寂しさ”に搦(から)め採られていたのだ。
この”寂しさ”は時間と伴に体内でバージョンアップを繰り返し、ジャコメッティに勝らずとも劣らない”孤独感”に変質する曲者である。更に始末の悪いことに、体内に侵入されながらも繊毛(わたげ)がかすかに震える程の快感を伴うため、”優しい孤独感”との長い共存生活を余儀無くされてしまうのである。
2011年1月 小糸淳司

ちなみに小糸さんの作品はここから見られます→小糸淳司作品

二つご報告

なんと、京都で開催予定だった展覧会が、開催数日前に緊急事態宣言が出てしまい
延期になってしまいました、、、
実は今回で2度目の中止。都会でやるってことは田舎より人が多く来る可能性もあるし、
コロナで延期の可能性もあるってことなんですね。
しかし幸いなことに、延期であって中止でなかった。
そんなわけで、次回の展覧会の情報、決まり次第またここでご報告いたします。

それから、もう一つはアトリエの大改造しました。
教室と私のアトリエをくっきり分けたので、スッキリ!
動線を考えながら改造したので使いやすさも増しましたよ!
今年はアトリエ10周年なので、これからまた次の10年に向けて楽しむぞ〜!

これからもアトリエオンジールをよろしくおねがいいたします!

「オンジール」からya!ya!ya!

 

メリークリスマス!

寒くなって来ましたが、みなさんいかがお過ごしですか?
さて、今回は「アトリエ・オンジール」の名前の由来について。
よく「オンジール」ってどんな意味があるのですか?と聞かれるのです。
今までは少し言いにくかったので「3年通った方だけに教えますよ、、、」などと逃げていました。
そして実際3年後に理由を言うと微妙な顔をされるので、ますます言いたいような言いたくないような。

しかし私がフランス留学していたイメージのせいで、「オンジール」と「ボンジュール」が混ざって、「オンジュール」
と未だ間違える会員さんのためにもちゃんと言わねばならぬ、、、と心決めた次第であります。
引っ張るとますます恥ずかしくなるので言いますと、「オンジール」は、「おにぎり」からの造語です。
私の好物は「おにぎり」なのです、、、、、おにぎり、、、、ONIGIRI、、、、、ONGIR、、、、
絵のことなど何も考えていないこのネーミング、覚えろと言う方が無理な話かもしれません、、、

しかしっ!「ON(オン)」はフランス語で「私たち」、「GIR(ジール)」はラテン語で「回転する」を意味するらしいのです。(ラテン語についてはなんとなく怪しいですが)
そんなわけで、これからも「オンジール」は「私たちが回転してゆく」イメージをもって、来年も楽しんでいこうと思います!

それでは皆さま良いお年を!

2016.11個展の様子

「ひとの視覚はあいまいで、不確か。花を見るとき、ひとは無意識にそこから醜さを除外したり、あるいは逆に、醜悪さに目をとられるあまり美しい色彩を見落とす。いつでも視覚からこぼれる部分がある。わたしたちの視線は、ところどころピースが欠けたパズルのようにして、この世界を映し出す。注視し、見落とし、消去しながら。見えるもの。見えないもの。ことによると、わたしたちひとりひとりもまた、そうした花々のようにして、存在したり、不在を強いられたりしながら、こうしてたたずんでいるのではないだろうか。」

img_7359img_7357img_7358img_7345img_7344

img_7353

Scroll to top